河童(かわたろ)が づつない恋に 泣いとった 水やはらかな あの夏の岸
「かわたろ」もその大阪弁の「がたろ」も
今は使わない言葉になったようだ。
「或いは恠(あやしみ)をなして婦女を姦淫す」(物類称呼 二 ) とあるように、
世間では水怪として人をたぶらかすとされていた。
そこから詐欺・かっぱらいの類まで「がたろ」と呼ぶようになった。
小説や漫画の世界で復権していささか名誉を回復できたが、
「零落した神々」のうちでは一番酷い目にあったもののひとつだった。
小生は多分に河童に肩入れするところがあり、
ひとを河童に見立てることがたまにある。
蕪村翁に
河童の恋する宿や夏の月
という句がある。
これは 「恠みをなして婦女を」さそっておる状況を
想像するのが作者の意を汲むことになると思う。
ゆらゆらゆれる宿(舟)の上に月、葦の茂みに隠れた水の上、
可笑し味のある河童の恋。
恋はどこか恠さを、相互の幻惑をもっているもの、
と蕪村は笑っている、そんな句と思えるのだ。
愚かしく可笑しく生きてきた愚生の見当違いかも知れぬが。