2011年12月26日月曜日

Blog 八ツ場ダム続行:
土建屋国家再スタート。
大臣と一緒に地元の政治屋万歳三唱。
民主党の公約違反だけじゃなく、
こういう構造を変えられないことをこそ議論してくれないとね。
一方で公務員・官僚をひとくくりに経費削減の大合唱が税... http://t.co/FFM8tzGU
posted at 12:18:23

Blog [untitled]: 「東電値上げ要請 上乗せ「総原価」手つかず」
東京新聞「東電料金値上げ 政府は抜本的支援策の検討を」

読売社説読売新聞の政治姿勢は明確だね。
原発推進、東電擁護。さすが「正力松太郎」の息のかか... http://t.co/RjZnJMfe
posted at 12:18:24

RT @roarmihoko: これはほんとにそう思う。
RT @GoodBye_Nuclear: 八ッ場ダム再開の民主党に原発事故の収束は絶対に不可能だ。
posted at 14:13:23

RT @injustice007: 「発電省 関東局」 RT @skmt09:
そう思う!RT @ginga8306: 東電は企業じゃない。結局官僚機構そのものだ。国民が一丸で火の玉のような怒りをぶつけないと何も変@55masa555 @monjukun @googlenewsjp @Yamakawakenichi
posted at 14:13:44

Blog テントで年を越すひとびと:
経産省前テントもまもなく年を越す。http://t.co/7exNAsSl

「収束」の建屋に虚し片時雨 蛙逝
http://t.co/7exNAsSl... http://t.co/4NNtalcb
posted at 17:07:30
混ぜて薄めて焼却して埋めるで環境省と杉並区が合意?!
こういう処理をどんどん勝手に進めることを容認している政府はがまんならないね。
誰が安全のお墨付きを出せるのか。
区民とちゃんと対話した上なのか?
誰が責任をとるか明確な決定なのか?
posted at 18:11:05


RT @yusukemonkyoto: 関西電力:今冬の需給見通しと節電のお願いについて
「広域的な停電に至るような事態とならないよう、
定期検査中の原子力発電所の再稼動に全力で取り組むとともに・・」 http://t.co/fvWoNSyN 

そんなことは期待していない。
posted at 21:00:18


@xiaoyi2011 本当にそうですね。
敗戦後の世相を知っている者として
平和を大切にしたいからみんなに観てほしいです。
posted at 22:23:22


@xiaoyi2011 はじめまして。
論語Botの作者です。
フォローさせてもらいました。
論語を読んでBlogに感想を書いています。http://t.co/26XXv1JM  FB:yoshida.mizuo TW:Y_Mizuo です。 どうぞよろしく。
posted at 22:35:33


@sunajopon うまい! 同じような感じで考えていましたが、そうか「羽繕い」とな。納得。
posted at 22:41:51


枝野経産相が九電の対応を批判 | YUCASEE MEDIA(ゆかしメディア) | 最上級を刺激する総合情報サイト | 1 http://t.co/tKAAWWDd @yucaseemediaさんから
posted at 22:46:43


RT @syou_gensai: 年末の漢詩(七言絶句)です。この一年の漢詩作りを振り返りながら、この漢詩を作っていました。「龕前祭詩(がんぜんさいし)」玄齋 http://t.co/LunPsFPX #kanshi #漢詩 原文と訓読は以下の縦書きの画像をどうぞ。 http://t.co/6Lsb7DTq
posted at 22:49:13
@syou_gensai 唐伯虎には桃花仙という詩があります。気に入っていました。 
今の自宅に引っ越したとき老樹ですが桃の木があったので詩にちなんで
桃花庵とひとり名付けておりましたが老樹は枯れてしまいました。
桃花を売って酒に換え酔いしれる浮遊感も老いの姿かなと自らを笑っています。
posted at 22:55:43


@hotkm なるほど言われてみればそう感じられてきます。
商業が盛んになった時代の都会生活とか関係があるのでしょうか。
「観念的」という批評を意識してまたいくつか唐伯虎の詩を読んでみたいと思いました。
posted at 23:00:42


@syou_gensai 桃花仙歌、それです。
今日玄齋さんのおかげで読んでみて世間に背をではなく
権勢に背を向けた市井の仙人なんだと読みました。
それがまことの仙人かも知れません。
市井の塵に紛れて仙人として暮らす。
仙境は我が胸裏にありと。外見はただの飲んだくれ(笑)
posted at 06:01:14


思君恩  令狐楚: 

010思君恩  令狐楚
小苑 鶯歌 歇  2 2 1
長門 蝶舞 多  2 2 1 
眼看 春 又去  2 1 2
翠輦 不 曾過  2 1 2  

押韻は多と過

小苑  鴬歌(おうか) 歇(や)み 長...
  http://t.co/egAgdy7q 唐詩 posted at 04:47:38

2011年12月15日木曜日

里人の出てくる万葉集歌

里人の吾に告ぐらく汝が戀ふる愛はし妻は黄葉の散り乱がひたる… 日時: 2011年12月5日 

13 
3303
里人之 吾丹告樂 汝戀 愛妻者 黄葉之 散乱有
神名火之 此山邊柄 或本云彼山
邊烏玉之 黒馬尓乗而 河瀬乎七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴
13 3304
不聞而 黙然有益乎 何如文 公之正香乎 人之告鶴

里人之吾丹告樂     里人の吾に告ぐらく
汝戀愛妻者        汝が戀ふる愛はし夫は
黄葉之散乱有       もみじ葉の散り乱ひたる
神名火之此山邊柄    かむなびの此の山辺から
或本云彼山邊       或本に云ふ 彼の山辺
烏玉之黒馬尓乗而    烏玉の黒馬に乗りて
河瀬乎七湍渡而      河の瀬を七湍渡りて
裏觸而           うらぶれて
妻者會登          夫は会ひきと
人曽告鶴          人ぞ告げつる

さとびとの あれに つぐらく
ながこふる うるはし つまは
もみじばの ちりまがひたる
かむなびの このやまべから
うばたまの くろまに のりて
かわのせを ななせ わたりて
うらぶれて
つまは あひきと
ひとぞ つげつる

不聞而      聞くかずして
黙然有益乎   黙然も 有らましを
何如文      何しかも
公之正香乎   君が正香を
人之告鶴    人の告げつる

きかずして
もだも あらましを
なにしかも
きみが ただかを
ひとの つげつる
--------------------------------------------

人=里人。
公=きみ。配偶者をさして使うこと有り。
正香:ただか。
黄葉=紅葉に同じ。きいろい葉ではない。
黄は万葉集の時代には広い色域を含んだ。(佐竹氏の論文)
散乱:ちり+まがふ。まがひ、まがふ、の語義に注意。紛う。
ただし、散ると同伴する分布からして
薄片状のものの散る様子に具体性を与える語。
乱はさわく、などとも読むので混乱しないこと。
神名火:かむなび:
神奈備とも。神のやどる場所・物をさす。
神域や神体山などまたそれらにかかる枕詞。
烏玉:うばたま:
黒いものにかかる詞。ここでは黒馬。
黒馬:くろま:
探索と考究のいることば。
なぜ夫(つま)は黒い馬に乗っているのか
七瀬を渡る:
なぜ七つの瀬なのか。単に多い回数か渡るだけか。
この歌の表層の意味の解釈は
まず里人の意味から始まる。
妻問うことが結婚形態であったから、
死んだ夫(つま)の葬送は夫(つま)の親族の手で執り行われたのではないか。
(調べて確かめる。)
里人は夫(つま)の「里」ではないか。
女性の側は「告げられる」側に立っている。
この歌が挽歌とされるのも告げる里人の登場によるのだろう。
里人は配偶者に死者のあの世での振る舞いを伝えて葬礼を締めくくるのだろう。
それは幻影を語っているのか。
イメージとして言葉にすれば
こんな感じだろうか…

紅葉が散り舞う秋深い
神さびた山辺の道をたどり
黒馬に乗って去っていく
何度も何度も
音高く流れる川の瀬を渡って
愛しい人々との別れの定めに
うちしおれて
去っていくあの方を
見送ってきましたよ里人ははっきり私に告げました

何にも聞きたくなかった
物も言わずかたくなに
ひとりでいたかった
どうしてなの
あなたの直処(有様)なぞ
告げてほしくなかったのに



七瀬を渡りうらぶれての歌のノート 再考…  日時: 2011年12月8日 13:52

「里人の我に告ぐらく…人ぞ告げつる」の里人と人が
作者にとってどういう立場のものかを考えてみたのだが、
この歌を別の文脈で考えられないか、もう一考してみることにした。

2 151
額田王 如是有乃懐知勢婆大御船泊之登萬里人標結麻思乎
如是有乃かからむと)、懐知勢婆(かねてしりせば)、大御船、泊(はて)し、登萬里人(とまりに)標(しめ)結はましを

これは里人を「登萬里人」(とまりに)と読ませる音表記の一部だから本節と関係がない。

10 1937 未詳
大夫之出立向故郷之神名備山尓明来者柘之左枝尓暮去者小松之若末尓里人之聞戀麻田山彦乃答響萬田霍公鳥都麻戀為良思左夜中尓鳴
ますらをの出で立ち向かふ故郷の 神名備山に明けくれば柘(つみ)のさ枝に 夕去れば小松がうれに 里人の聞き恋ふるまで 山彦のあひとよむまで 霍公鳥(ほととぎす)妻恋すらし さ夜中に鳴く
里人之聞戀麻田をどう読むか。「聞き恋ふるまで」か。霍公鳥の妻恋する声が里人を聞き恋ふるまでにするという歌だ。聞き恋ふるとは聞き惚れるに類似か?いや、それは美声にではなくその恋の激しさにほだされるのだから、自らの恋心が揺り起こされるという意味だろう。ここでの里人は普通に故郷の里人と解せる。敢えて言うなら導入の句「大夫之出立向神名備山」の森と里を対でみて森のホトトギスと聞く里人をさ夜中の鳴き声が結んでいると言うこと。
恋は夜中ということを踏まえること、イメージとして。

10 2287 未詳
吾屋前之芽子開二家里不落間尓早来可見平城里人
吾屋前之(わがやどの)萩咲にけり散らぬ間にはや来て見べし 平城(なら)の里人
平城里人は平城の里人で「ならのさとびと」と読むだろう。

11 2562 未詳
里人之言縁妻乎荒垣之外也吾将見悪有名國
里人の言縁(寄せ、か) 妻を 荒垣の外(よそ)にや我が見む 憎くあらなくに
この歌が強いて言えば関連がありそうな一首だ。

11 2598 未詳
遠有跡公衣戀流玉桙乃里人皆尓吾戀八方
遠有跡(とほくあれど)公(きみ)にそ戀ふる玉桙(たまぼこ)の里人皆に我戀ひめやも

12 2873 未詳
里人毛謂告我祢縦咲也思戀而毛将死誰名将有哉
里人も謂告(かたりつぐ)がね 縦咲(よしゑ)やし戀ひても死なむ 誰が名ならめや

13 3272 未詳
打延而思之小野者不遠其里人之標結等聞手師日従立良久乃田付毛不知居久乃於久鴨不知……
打ち延(はへ)て思ひし小野はま近き其の里人の標結ふと聞きてし日より 起てらくのたづきも知らず居らくの奥処(おくが)も知らず…

里人という文字は万葉集中にはこれだけのようだが、これでみると確かなことは言えないようだ。
里人という言葉にその土地に住む人という以上の特別の意味はなさそうだが、
しかし、恋と里人は同伴分布するという感はある。
現代でも「出産の時は里にもどるつもりです」などと女性が言うことがある。
現代では里は家族を指すが、古代では同一氏族集団を指していたのだろう。
律令制の里は国・郡・里という編成の地域行政単位だが里人と云う時は行政的帰属ではないだろう。氏姓制的な帰属の意識だろうか。

「世の中」的な生活場面での他者(同族者や知人)を里人とするのが妥当な解釈だろう。
上記の用例はその解釈に矛盾するものではない。
里人はいろいろな噂話をし告げ口する人々なので恋する主体(歌の作者)からは憎らしい相手として歌われるが、全くの他人ではないからこそ噂や告げ口をするのである。
世間というカテゴリーは今も生きている。
個人の自律的発展と個性の尊重などという近代のカテゴリーを持ち込むわけにはいかない。

3303の歌は里人は意地悪いことを告げているのではない。
作者が自分で聞かなければよかった、
無視すればよかったと思っているだけなのだ。

さとびとの あれに つぐらく       里人が私に告げるには
ながこふる うるはし つまは   貴女の恋しく思っている 愛しい人は
もみじばの ちりまがひたる    紅葉の落ち葉が乱れふる
かむなびの このやまべから   神名備山の麓から
うばたまの くろまに のりて   黒馬に乗って 音たてて流れる
かわのせを ななせ わたりて  川の瀬を幾度もわたって来たような
うらぶれて             窶れ侘びた様子の
つまは あひきと         あの方に遭いましたよと
ひとぞ つげつる        里人は告げました 

きかずして             聞かなければよかったのです
もだも あらましを         我が事ならじの素振りでいればよかった
なにしかも             どうしてなお わざわざ
きみが ただかを         貴方の様子はどうだったと
ひとの つげつる         わたしに告げるなんて

最初に参照した本に挽歌とあったことに引きずられたのが
よくなかったように思う。
相聞のひとつの形として
里人の噂が自分を苦しめる様子を歌っていると率直に読んでいいようだ。

「黒馬に乗りて河つ瀬を七瀬渡りて零落れて」 行き悩む恋    2011年12月8日

里人之吾丹告樂 汝戀愛妻者 黄葉之散乱有 神名火之此山邊柄 烏玉之黒馬尓乗而 河瀬乎七湍渡而 裏觸而 妻者會登 人曽告鶴
里人の吾に告ぐらく 汝が戀ふる愛はし夫は 黄葉の散りまがひたる 神名火の此の山邊から 烏玉の黒馬に乗りて 河つ瀬を七湍渡りて 零落れて 夫は會ひきと ひとそ告げつる

「黒馬に乗りて 川つ瀬を七瀬渡りて
川の瀬を黒馬に乗って七渡りして、ということだが、
文脈的には「七度渡る七つの瀬」を言うのはその通りなのだろうが、
「瀬(せ)」が塞(せ)くの「塞(せ)」に連想されることに注意したい。
七瀬は七塞を暗示するのかもしれない。
川の瀬は川という境界、塞く場所なのだが、
瀬が川である限り瀬というとき「渡り難い隔て」として川を含意している。
「遇い難さ」の表現として「瀬という場所」があると思う。
それは次の歌でも裏付けられるように思う。

4 525 大伴坂上郎女
狭穂河乃 小石踐渡 夜干玉之 黒馬之来夜者 年尓母 有粳
佐保川の 小石踏み渡り ぬば玉の 黒馬来る夜は 年にも あらぬか

「佐保川の 小石踏み渡り」「黒馬の来」るのは川瀬を通ってということであり、
通常は渡らない瀬を馬で踏み渡りやって来るというのだ。
塞くイメージがやはり横たわっているようだ。

この歌、馬の脚さばきに小石が立てる音と玉響(たまゆら)とが重なるイメージだろうか。
そうだとすれば美しい形象だ。
年はあきらかに年に一度の七夕の夜を踏まえた言葉だ。

4 528
千鳥鳴 佐保乃河門乃 瀬乎廣弥 打橋渡須 奈我来跡念者
千鳥鳴く佐保の川門(と)の瀬を広み打橋渡す汝が来(く)とおもへば
越えがたいからこそ「打橋渡す」願望が生じるのだ。瀬は広すぎたり急だったりして
恋を隔てる。

7 1366 未詳
明日香川 七瀬之 不行尓 住鳥毛 意有社 波不立目
明日香川 七瀬の 淀に 住む鳥も こころ有れこそ 波立てざらめ

ここには七瀬が出てくる。まるで固有地名のように「七瀬の淀」がある。
人目を忍び逢うのだからどうか騒ぎ立てないでおくれ七瀬の淀に住む鳥たちよと歌う。
波立つ水面、脚をとる流れ、騒ぐ水鳥。
こころないものに抗ってやって来る恋人の姿。

10 2032 人麻呂非略体
一年邇 七夕耳 相人之 戀毛 不過者 夜深徃久毛 一云 不盡者 佐宵曽 明尓来
ひととせに なぬかのよのみ 逢ふ人の 恋も過ぎねば 夜は更ふけゆくも 一云  つきねばさ夜 明けにける

「七夕」を「なぬかのよ」と読み「耳」を「のみ」と読むらしいが、
漢詩の「七夕」を直に訓読みしたもの。「たなばた」は「七夕」と書かないようだ。
七箇夜(七日夜)では七月七日を指すに十分でないので「七夕」をそのまま使っているのだろう。

10 2018 人麻呂非略体
天漢 去歳渡代 遷閇者 河瀬於踏 夜深去来
天の川 去年の渡りて 移ろへば 川瀬を踏むに 夜ぞ更けにける

天の川とあり七夕を踏まえての歌であるが、
この歌は移ろう川瀬を種に恋人のもとへたどり着けない嘆きを歌っていると思う。

ここで注意しておくのは
川瀬を渡るのは馬でとは明示されていないが「踏むに」とあるので「徒歩渡り」か乗馬にての渡りだということ。つまり舟ではないことに注意しておこう。

10 2037 未詳
年之戀 今夜盡而 明日従者 如常哉 吾戀居牟
年の恋 今宵つくして 明日よりは 常の如くや 我が恋ひ居らむ

「年の恋」という歌の言葉が有ったこと。それは「七夕の恋」と同義であったこと。

10 2053 未詳
天漢 八十瀬 霧合 男星之 時待船 今滂良之
天の川 やそ瀬 きらへり ひこほしの 時待つ舟は 今しこぐら

八十瀬とは何か。天漢(あまのかわ)の川の瀬の多さをいう言葉だ。
「きらふ」は霧らふ。霧が顕つことだ。
天の川、瀬、彦星、舟。時を待って彦星(牽牛郎)は漕ぎ出る。

これが典型的な七夕の歌の場面なのだ。
瀬を渡るのは普通は舟で漕ぎ渡ることになっている。
万葉集では圧倒的な数がそうなのだ。

しかしながら
鋭い直感で白川玄齋さんが気づいたように
馬に乗って川瀬を渡り来る恋人を年の恋に重ねることが万葉歌人の発想としてあったようだ。

天の川 去年の渡りて 移ろへば 川瀬を踏むに 夜ぞ更けにける

どうだろうか。七瀬という言葉には
七夕(なぬかのよ)の逢瀬が潜んでいないだろうか。

以上のノートは粗雑なものだが今後もこの視点をフォローしてみたいと思う。

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2011年8月4日木曜日

雄略紀三年四月 「栲幡皇女の怪死」

天皇疑皇女不在                天皇皇女の不在を疑い、
恒使闇夜東西求覓    恒(あまねく)闇夜を東西して求め覓ぎさせしむ。
乃於河上虹見       乃ち河の上(ほとり)に虹見(あらわ)ること、
如蛇四五丈者       蛇(之)四五丈なる者の如し。
掘虹起処而獲神鏡    虹の起ちし処を掘りて神鏡を獲、
移行未遠得皇女屍    移行すること未だ遠からざるに皇女の屍を得たり。
割而観之腹中有物    割きて之を観るに腹中に物有ること、
如水水中有石       水(水)中に石有るが如し。


昨日奈良で水曜日の古代史講座に出席。コミセンの一室で2時間み​っしり読めた。
雄略天皇紀の栲幡皇女の怪死事件。
さっそくFBの
​Facebookページにノートとして書いておいた。
http://www.facebook.com/note.p​hp?note_id=178486208884608

三年の夏四月、阿閉臣(あへのおみ)国見(くにみ)栲幡皇女(たくはたひめ)と湯人(ゆえ)の廬城部連(いほきべのむらじ)武彦(たけひこ)を譖(そし) りて曰く、「武彦、皇女を汚して 使任身 (文字通りなら使が身を任した、の意。しかし使皇女任其身で皇女をしてその身を任せしむ、と言いたいのだろう。 任身を妊娠の誤写と見るのは早計と思う) 身を任せしむ」
湯人此れをユエと云う。
武彦之父たりし枳莒喩(キコユ)此の流言を聞く。禍ひ身に及ばむことを恐れて
武彦を廬城河に誘率(いざな)ひき。
偽りて鸕鶿をして水に没せしめ捕魚せしめんとす。
其れに因って、不意而打殺之(普通なら打之而殺だろう。「うちころしぬ」の直訳か)(不意を襲ってうち殺した)

偽+使(鸕鶿没水捕魚)因+其不意而打殺之
小学館本では古訓を使っているが文の形式が他の箇所と類似するのでそれに従うほうが正しいだろう。


天皇、聞きて使者を遣し皇女を案(かむが)へ問はしむに、皇女対へて言はく、妾(われ)は識らずと。
俄(にはか)にし而、皇女神鏡を齎(と)り持ちて五十鈴河の上(ほとり)に詣(いた)りぬ。人の往行くことなきを伺(たしかめ)て鏡を埋め、経(わな)きて死せり。
天皇、皇女の不在(いまさざる)を疑(いぶかし)みて恒(つねに:ずーっと)闇夜に東西し求め覓ぐこと使(せし)む。

恒使闇夜東西求覓は恒+使(東西+求+覓)という構成と解するのがいい。東西は動詞で「東西する」(あちこちと歩き回る)だろう。「とさまかくさまもとめまぎし」を直訳したのだろう。使は「させた」、恒は「見つかるまで」を含意した「ツネニ」だろう。

乃、於河上、虹見如蛇四五丈者、掘虹起処而獲神鏡
乃(すなはち)於河上(河のほとりに)虹見(あらは)る。蛇の四五丈なる者の如し。虹の起ちし処を掘り而神鏡を獲たり。
乃は口語的、説話的な語法という趣が強い。そうして、そのつぎに、そんなわけで、などなど。皇女を発見する前に鏡を発見するという筋立てはこの語りが鏡に主点のあった説話だということを示唆しているようだ。剣でなく鏡だというのも注目しておきたい。

移行未遠得皇女屍
移而行未遠得皇女屍:移り行くに未だ遠からずして皇女の屍を得たり。
「移りて行く」は鏡の発見場所からの移行だ。ほど遠からずして皇女の屍を見つけた。

割而観之腹中有物如水水中有石
割(さ)きて之れを観れば腹中に物の有ること水の如く、水中に石有りき。
この記事の文の特徴だが、文末が次の文の文頭となってもおかしくない形が見受けられる。
ここでも前の文末の「皇女屍」を置いて
皇女屍割而観之、腹中有物。でちゃんとした文になる。
皇女の屍を割きて観れば、腹中に物有りき。
そうすると
腹中有物如水水中有石:が腹中有物如水。水中有石。ではなくて
腹中有物、如水中有石。と区切るべきで、水水は重複と見做せる。
腹を割いて観ると物が有ってまるで水中に石があるような様子であった、ということで
水のような物が有って、その水の中に石が有った、という分かったような分からない文にはならない。
謂うところは羊水の中に「石」が有った、というのだ。胆石、尿石などと同様あり得ない話ではない。
文脈上は妊娠を疑われて自殺?して、死後腹を割かれるという残酷、しかも冤罪というわけで、
雄略天皇(このころは大王と書いたはずだが)の残虐を表現する素材として機能しているわけだ。

枳莒喩由斯得雪子罪還悔殺子報殺国見逃匿石上神宮
枳莒喩、斯れに由って子の罪を雪ぐことを得(う)。還って子を殺せしことを悔ひて、国見に報ひて殺さむとす。(国見)逃げ石上神宮に匿る。
ここも上の条と同じように国見は悔殺子報殺国見と国見逃匿石上神宮とどちらにも属すかのようだ。
こういう記述法は何か理由があるはずだ。
漢文として不自然なところのある記事として掘り下げてみたい問題をはらんでいると思うがどうか。


全体としても奇怪な記事だ。事実が含まれているのかどうかも怪しむべき内容だ。
いくつもの階層を区別してそれぞれへのアプローチを考えなくてはいけない記事だろう。

雄略が「大悪」と言われたという記事の直後のこういう記事だから、まずは「大悪」の行為を例示することを意図したものという視点が可能だ。

後続で「有徳」な雄略も出てきて、善悪の記述が混在している。
記事では皇女の屍を割いているのが誰か、命令したか否かも不明だが、
文脈的に天皇の関与のもとで起きたこととされていることは確かだ。

この記事の第一層は「雄略の行状記」という意味を帯びている。

次に、阿閉臣と廬城部連という対立で語られる層だ。
ヤマト、イガ、イセという地域性の問題か
在地在来豪族(臣)と中央直結勢力との対立の問題か。

天皇と斎宮という軸での懐疑と結末という物語形式という視点もある。

神鏡を神(あや)しき鏡と読む読み方も考えておくべきだろう。

鏡の埋納と虹=蛇としての出見(出現)という場面。
闇夜東西云々にもみられる漢文としての不備破綻らしき様相。

表現として重複矛盾する表現もある意味を帯びているように感じられる。
怪しいのは皇女のみでなく記事全体が謎めいているのだ。



2011年7月12日火曜日

洛陽道  儲光羲

大道直如髪   大道 直きこと髪の如く 
春日佳氣多   春日 佳気多し
五陵貴公子   五陵の貴公子
雙雙嗚玉珂   双双 玉珂を鳴らす 


洛陽道は都洛陽の大通り。
真っ直ぐ長い髪のように伸びている。
春日は佳気多し、とは春の日のうららかであること、
うきうきさせるものが多いこと。
ただ天気がいいというのではない。
佳人を「よきひと」と読むのにおなじ。
五陵は場所。有閑の貴族子弟や遊侠の徒が集まる繁華な場所。
双双は擬音語。玉製の馬具『玉珂』が触れ合って立てる華麗な音である。  

律動は以下のように分節される。

大道|直|如髪
春日|佳気|多
五陵|貴公|子  (貴|公子 と分けるべきか…?)
双双|鳴|玉珂 

詩経のなかに「綢直如髮」という表現がある。
髪と道ではずいぶん違うようにも思えるが、
大道(ひろびろとした道)が長い髪のように真っ直ぐ伸びているのだ。

訂正) 
<長い髪をほどくように真っ直ぐ>ではなく、南北に縦横に伸びている都会の街路の様子を髪の毛がぎっしり纏まっているように密集した直線だととらえて表現しているのだ。「綢直如髮」との古典を踏まえた言い方をしていると思う。都人士(雅な人たち)という古い詩を踏んで今の都を詠うという仕掛け。しかし「髪」という連想はここで効果をもつことは動かないだろう。豊かで真直ぐな髪が女性を連想するということも織り込み済みのはずだから。
髪のように真っ直ぐでどこまでも伸び広がっている街への想い。

大道は地、春日は天(時)、貴公子は人、そしてさんさんと鳴る玉の馬具は繁栄を象徴している。 どこか「祝祭性」の感じが漂う詩だ。

日常を切り取るかに見えて実は…多分に「越境」している。
こう解してよいのだろうと思う。

安史の乱が起こる前の太平楽然とした洛陽の風俗を抽象的に
ただ双双と鳴る玉珂に焦点を結んで切り取って見せた詩である。 

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな 与謝野晶子 

「みだれ髪」 この歌でも具体的な対象は櫛と髪。
二十という時春という時が輝きと色と重さをもっている。 
春と青春をともに掬い上げて残すところのない詩歌ふたつ。


【追記】 
「綢直如髮」について
綢: 繆也。謂枲之十絜,一曰綢繆二義皆與繆同也。 
今人綢繆字不分用然詩都人士單用綢字曰綢直如髮
毛傳以密直釋之。則綢卽稠之叚借也。
从糸。周聲。直由切。三部。按此二篆疑有譌亂。(説文解字)

<詩経 小雅 都人士2 >
都人士:
彼都人士、臺笠緇撮。
彼君子女、綢直如髮
我不見兮、我心不說。

詩經 小雅 都人士:
「彼君子女,綢直如髮。」
鄭玄˙箋 :
「其情性密緻,操性正直,如髮之本末無隆殺也。」




2011年7月9日土曜日

064 江南旅情 祖詠


064 千家詩
江南の旅情  祖詠

楚山 極むべからず
歸路 但だ蕭條たり
海色 晴れて 雨を看(み)
江聲 夜   潮を聽く
劍は南斗に留りて 近く
書は北風に寄せて 遙なり
為に報ず 空潭の橘(きつ)
洛橋に寄するに媒(なかだち)無し

祖 詠(そ えい、699年 - 746年?)は、中国・唐代の詩人。洛陽(河南省)の出身。
王維と親交があった。 開元12年(724年)、進士に及第したが、官職は得られず、
汝水(河南省を流れる)のほとりの別荘に引きこもって、農耕生活を送った。
http://talent.yahoo.co.jp/pf/detail/pp455849

祖詠(699?~746?),中國唐代詩人。洛陽(今屬河南)人。
開元十二年(724年),進士及第,長期未授官。後入仕,又遭遷謫,仕途落拓,後歸隱汝水一帶。

有詩名,與王維交誼甚深,有詩唱和。王維《贈祖三詠》
一詩說:“結交二十載,不得一日展。貧病子既深,契闊餘不淺。”可見其一生困頓失意,仕途坎坷,生計惟艱。
其詩多寫田園、隱居,風格接近王、孟詩派。
個别詩篇也寫得情調昂颺,氣勢豪放。
《全唐詩》錄存其詩一卷。
事見《唐才子傳》卷一。



* 江南旅情(강남여정) - 祖詠(조영)

楚山不可極(초산불가극) : 초산은 멀어 끝까지 갈 수 없고
歸路但蕭條(귀로단소조) : 고향가는 귀로는 쓸쓸하기만 하구나
海色晴看雨(해색청간우) : 바다 위 하늘은 맑다가도 비가오고
江城夜聽潮(강성야청조) : 강물소리 밤에 들으니 조수 소리네
劍留南斗近(검유남두근) : 이 몸 머문 곳 남두성 가까이라
書寄北風遙(서기북풍요) : 편지를 부치자니 북풍은 멀기만 하네.
爲報空潭橘(위보공담귤) : 담귤이 유명함을 알리고 싶지만
無媒寄洛橘(무매기낙귤) : 낙양으로 보낼 방법 찾을 길 없네.
()の中は韓国の漢字音らしい。

2011年7月6日水曜日

 旧いノォトから

どうして山里になんか棲むのだい?


山中問答 李白
問余何意棲碧山
笑而不答心自閑
桃花流水杳然去
別有天地非人間


山中問答    李白
余に問う何の意ありて碧山(へきざん)にか棲むと
笑って答えず心自ら閑なり
桃花流水杳然として去ぬ
別して天地の人間(じんかん)に非ざる有り


問うものがいる、どうして草深い山中に棲むかと。
無理もないかと答えずに笑っている、長閑な心で。
桃の花びらが水に落ち何処へやら遠く流れていく。
ここはそれ、世間様とはかけ離れているのさ。


これは自分の愛唱詩だ。


黛まどかさんから届いた「俳句でエール」には
蓬もちの句が入っていた。


嫁姑声の似て来し蓬餅   渡部トヨ


田舎の嫁と姑は、農作業の共同作業で同じ経験を
分かちあうから、いつしか女同士認め合うことになり
次第に共通するしぐさも持つようになったりする。
この句では、声まで似てきているのだ。
働くものの伸びやかな声のさざめき。
仕事上がりのお茶と蓬餅が和やかな場にある…
田舎暮らしにも好いことはあるのだ。


.

2011年6月21日火曜日

今日のつぶやきから 2011/06/21

今思ったのだけれど、「漢詩ガール」ってブーム来ないかな。無理か。

<写真+自作漢詩>写真は借用ありで。

平仄もきちっと出来てたら中国人でも解るだろうから
日中交流のメディアのひとつになるんやないかな。

漢詩=詩吟というワンパターンを卒業?すると、
若い人のやれる場面多いのが漢詩とちがう?

2011年6月13日月曜日

  ホットスポット 日本の論点PUS <文芸春秋>より

私の主張
(2011年)ピークアウトを迎える石油──原子力+太陽光=無炭素への転換を急げ
松井賢一(国際エネルギーアナリスト)
(2011年)「原子力妄想」から目醒め自然エネルギーによる第三の産業革命を目指せ
飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
(2010年)放射性廃棄物をどうする――温暖化防止と原発増設の大矛盾を告発する
西尾 漠(原子力資料情報室共同代表)
(2010年)原子力共存の時代――原発の解体・建設に過度の不安は無用
榎戸裕二(原子力研究バックエンド推進センター情報管理部長)
(2009年)原子力は最も持続可能なエネルギー源として期待できる
田中 知(東京大学大学院教授)
(2009年)原子力への過剰な傾斜が、自然エネルギーへの転換を阻んでいる
飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
(2008年)原発の耐震指針を直ちに再改訂し、審査の手順と体制を抜本的に見直せ
石橋克彦(神戸大学都市安全研究センター教授)
(2006年)警戒!! 東海大地震――予想震源域の中心に建つ浜岡原発は即刻停止せよ
茂木清夫(東京大学名誉教授、地震予知連絡会前会長)
(2005年)核燃料サイクルは不可欠な電力資源――妨害こそコストの浪費である
上坂冬子(作家)
(2005年)核燃料再処理は電力会社の自己責任で判断すべき。国は事業から撤退せよ
八田達夫(国際基督教大学国際関係学科教授)
(2003年)狂信的なプルサーマル必要論――東電事件をエネ政策の転換点にせよ
飯田哲也(日本総合研究所主任研究員)
(2003年)いまプルサーマルをやめれば将来のエネルギー安定確保は困難になる
藤家洋一(東京工業大学名誉教授)
(2002年)原子力の時代は終わる。自然エネと電力自由化でエネ政策の近代化を図れ
飯田哲也(日本総合研究所主任研究員)
(2002年)自然エネルギー利用は非現実的――次世代原発の開発が世界の趨勢
澤田哲生(東京工業大学原子炉工学研究所助手)

2011年6月3日金曜日

放射線をめぐる動き と 発句2首


排水口周辺のほこりから1キロあたり50万ベクレルの放射性セシウムを検出。山形大学。http://mytown.asahi.com/yamagata/news.php?k_id=06000001105310001


ジトリペンタートカル(日本メジフィジックス)、アエントリペンタート静注(同):「プルトニウムなどによる体内汚染の軽減」などで再審査期間8年。原発事故などで浴びた放射性物質を尿中排泄する作用がある。類似の既認可薬にラディオガルダーゼ。: http://bit.ly/lr1w5I



RT @RyuichiHirokawa: 福島の人に伝えてください。福島県のアドバイザーの山下俊一教授は、子どもに年間20シーベルトでも100シーベルトでも安全と言っていましたが、学界では正反対のことを発表。武田邦彦さんhttp://takedanet.com/2011/06/post_a564.html

ある県のアドバイザーの先生は「1年100ミリまで大丈夫」、「放射線は健康に良い」と言われています…その先生の論文…医療用に低い線量の被曝をしてもかなりのガンが発生している…。この正反対のことを言っているのは山下俊一教授でしょう? : http://bit.ly/iWP3Nz

夏の高校野球で放射線対策 http://t.co/Ruuc1fz via @FKSminpo 体内被曝の危険では高校生は身体的にはほぼ成人なみでも生存期間が長いからこの決定は正しい。全国的にやればサンプリングモニターにもなる。高野連の良い選択だ。

RT @itoshunya: 怒髪天を衝く!@chihointokyo: ( ..)φ @kamitori 福島の人たち、子どもたちがかわいそう @miki_po_ 狂ってますな! RT 「放射能で頭が良くなる!」 http://t.co/GOpN745 被曝は「体にいい」「長寿になる」”
    戦略的な意図を感じる。民心誘導だな。警戒警戒。<週刊郡山ザ・ウィークリー>というタウン誌が「被爆者がおかげで頭がよくなったと言っている」という記事を載せて配布。http://savechild.net/?p=738 原本: http://bit.ly/mJWUe0

      RT @shunkenn: 一日履いた靴下からも、ほぼ確実に微量β線反応が出ますから、納得のいく数値です。 RT @hanayuu: 『〔放射能〕福島市で遊ぶ「子供の靴の裏」の数値がなんと700cpm 』低気温のエクスタシーbyはなゆー|http://t.co/tFYe0WL  

        RT @hayano: 【農水省 公募】農産物中の放射性セシウムの簡易検知法の開発 など http://bit.ly/izMiop  

        ------------------------------------------------------------

          なま温き少女の吐息 蛇苺           @sunajopon
            蛇苺 恋人(きみ)より赤き笑まひせり       Y_Mizuo

              恥ずかしさがない人っているんだね





              転載です


              福島県郡山市で実際に配布されたタウン情報誌「ザ・ウィークリー」です。
              郡山市で毎週12万部を発行しています。

              もちろん予想通り、「被曝」について書かれています。
              郡山市の皆さん気をつけてください。
              被曝は「体にいい」「長寿になる」など、
              極めつけは、「頭が良くなる」そうです。
              本当に何をやっているのでしょうか?

              チェルノブイリの労働者80万人の多くは、
              脳が萎縮してしまい記憶障害や言語障害など
              さまざまな脳の病気に悩まされています。

              被曝は癌だけを引き起こすわけではありません。
              書く気にもなれないくらい様々な病気が報告されています。

              しかも、この九州工業大学学長 宮里達郎という人は、
              長崎原爆の被害者の方達が言っていると書いています。

              原爆を落とされた長崎の人達はそんなこと言いませんよ。

              そして、この九州工業大学学長 宮里達郎と書かれている人は、
              現在九州工業大学学長ではありません。

              「元」九州工業大学学長です。
              この間違いは作為的なものを感じます。

              興味がある人は、下記URLからダウンロードしてください。
              このようなタウン誌が、今後配布されない事を願います。

              http://www.the-weekly.jp/images/pdf/110507.pdf

              子供を守ろう @save_child

               

              相手するのも気分悪いけれど、一言言っておきたい。工大の元学長なら多分理系の人だろうけれど、言っていることが無茶苦茶だ。一点だけ言おう。

              「被爆者は(特に男の被爆者)は長命であるというデータもあります」 

              統計学には素人だけどね、100人被爆して何人が死んだか…

              生き残った人は幸運(偶然性?)と頑健さを持った人だろう。

              そういう生き残った人の集団を、一般の人の寿命と比べて長命だというのは当たり前の話だろう。(母集団が違うじゃないか。)

               だからそれをもって「放射線を浴びたら長命になる」という理屈は成り立たない。 この理屈を適用するなら

              福島原発の放射能をたっぷり浴びなさい

              そうして死ぬ人は死んでもらって生き残った人は

              きっと皆長命ですから、安心してください、と言っていることになる。

              酷い話だな。酷すぎるよ。こんな記事を特別寄稿として載せて配布する編集長の無責任と犯罪性を許してはいかんな。

               

              2011年5月24日火曜日

              2011年5月24日


              我が永遠のトリックスター 再見     wikipedia


              ジョーエル・チャンドラー・ハリスJoel Chandler Harris, 1848年12月8日 - 1908年7月3日)は、ジョージア州出身のアメリカのジャーナリスト。「リーマスじいや」 (Uncle Remus) の物語で知られる。
              物語は黒人の口頭伝承に基づいたもので、方言の使用とブレア(兄弟)・ラビット (Br'er Rabbit) と呼ばれるトリックスターを題材に求めた点で革新的なものであった。リーマスじいやが黒人の間に伝わる、ブレア・ラビットの話を語り聞かせるというスタイルで、それは南北戦争後の人種関係の理想化された世界を示し、出版と同時に評判になった。
              リーマスじいやの物語以外にもチャンドラーはジョージアの田舎の生活を描いた物語を書いた。1946年のディズニー映画『南部の唄』 (Song of the South) はチャンドラーの作品を映画化したものである。
              --------------------------------------------------------------------
              この人の作品が基になっていたのか、私は小学生の時期に魅入られてしまったアニメの原典をやっと知ったわけだ。
              「リーマスじいや」 (Uncle Remus) の物語に邦訳があるのかどうか。調べてみよう。

              ブレア(兄弟)・ラビット (Br'er Rabbit) と呼ばれるトリックスターの鮮烈な記憶がありながら、それが何だか知らなかった。
              熊と狐の悪コンビを巧妙に身をかわして逃げ回るうさぎのアクションコメディーだったが、不思議な感性に満たされていてそのアメリカの雑誌の漫画を見終わると藁のにおいや茨のとげの痛さがそのまま自分の身体に残っているみたいだった。

              不思議の国のアリスに出てくるうさぎの絵を見かけるたび、「あいつは、あのうさぎは何者だったんだろう」と思い出しては懐かしんだ。

              先ほど調べ物をしていたとき、Googleの画像検索のなかに昔のあいつが姿を見せていたのだ。
              検索の面白さはこういう不意の出会いにもある。

              アメリカのディープサウスと呼ばれる地域の黒人の民話の中に立ち込める濃密な想像力の奔騰があのウサギの颯爽としたしっぺ返しに現れていたのかと思う。
              是非とも邦訳があれば読みたいものだ。

              ブレア・ラビット。 覚えておこう。


              .

              2011年5月21日土曜日

              2011年05月21日(土) 13 tweets



              近世日本史の大きな発見が続くことを期待したいな。 
              大友宗純のことも新しい光があたるか… 
              大分でキリシタン墓地発見 完全な姿残す、国内初 - 47NEWS(よんななニュース) http://t.co/VXklg21
              posted at 01:29:02

              RT @fukuitter: pukkisan: RT @miyo_photo:
               もんじゅの初歩的ミス、
              敦賀のガス漏れ、
              浜岡の海水流入、
              そして敦賀のボヤ。
              声を大にして言う!管理できないなら動かすな!
               >敦賀原発:2号機火災 可燃物保管ルール守られず 消防通報まで35分 
              /福井 - 毎日jp http://t.
              posted at 01:49:43

               リシャール・ブルイエット監督『包囲:デモクラシーとネオリベラリズムの罠』を観た。
              新自由主義の歴史を追い、チョムスキーなどのインタビューで構成している。
              ずっとインタビューだけの映画なので、観るのにかなりの集中力を要するが勉強にはなる。
              posted at 01:50:16

              RT @Teika27: 今日、授業で「デスノート」の話をした。
              「原子力関係の方々は、漏れなくライトにやっつけられそうですね」と言った瞬間、
              斑目春樹という名前が、あまりにデスノに出て来そうな名前なのでぞっとした。
              作家の想像力は、事実を凌駕する。
              posted at 02:00:55

              RT @nikkeionline: 中国iPad主力工場で爆発 2人死亡、生産停止 http://s.nikkei.com/lFOiec
              posted at 02:03:22

              RT @fukushima_now: 放射性物質:茨城の7市町、生茶葉からセシウム検出 - 毎日新聞 (5月21日01時) http://goo.gl/mKDja #genpatsu #genpatu #save_fukushima
              posted at 02:03:49

              あはっ、そうなんだ。
              RT 3rd_error403 
              チゲ鍋のチゲは鍋という意味。
              フラダンスのフラはダンスという意味。
              サルサソースのサルサはソースという意味。
              クーポン券のクーポンは券という意味。
              サハラ砂漠のサハラは砂漠という意味。
              ナイルもインダスもガンジスも川という意味。
              posted at 02:06:45

              千歌詩 0004: 
              洛陽道  儲光羲

              大道直如髪   大道 直きこと髪の如く 
              春日佳氣多   春日 佳気多し
              五陵貴公子   五陵の貴公子
              雙雙嗚玉珂   双双 玉珂を鳴らす

              洛陽道は都洛陽の大通り。真っ直ぐ長い髪のよ... http://bit.ly/l5CnPS 唐詩
              posted at 03:38:45

              壱岐で総会、緊急決議を採択。
              原発の周辺の九州4県の市長会が提案。
              国と電力事業者に、原子力関係施設の安全基準を速やかに見直し、
              今すぐ取るべき対策を直ちに行う、など8項目を要望。
              posted at 09:14:34

              東大の諸葛氏、
              NHK番組でまだ「安全性を高めてやれば大丈夫」と。

              電力業界と政治家と「原子力ムラ」の仲間の学者らしい厚顔ぶり。
              責任感なし。
              原発推進の官僚とこんな人とシゼンエネルギー転換派三人呼んで
              いま議論させるNHKの考えがわからんよ。
              原発マネーの追及をしてからにして欲しいよ。
              posted at 09:35:53

              RT @magosaki_ukeru: 原発事故:二〇日ロイター「国連、日本の原子力危機の調査打ち上げ。結果総会に報告。IAEA,WHO,WFP等各機関参加。潘事務総長関与」。国際社会は日本に当事者能力ないと判断。日本政府の判断最早信用されず。この中首相G8で原発継続利用する方針を示す。世界の笑いもの日本、気付かぬ日本
              posted at 09:47:47

              RT @toda9jo: (その1)20日、与謝野馨経済財政担当相は
              福島第一原発事故を「神の仕業」、
              津波対策も「最高の知恵を働かせた」と語り、
              東電の賠償責任を免罪する発言。

              同氏は大学卒業後、日本原子力発電を経て、
              原発推進の中心人物・中曽根康弘元首相の秘書から国会議員・大臣になった
              筋金入りの「原発族」。
              posted at 09:48:16

              そうともさ。でも選挙に勝って民主主義を壊したはナチスだよ。
              だから橋本はんが民主派だとの証明にはならん。
               RT@t_ishin 橋本「これが民主主義だ。大阪維新の会は大阪都構想を実現するために1年半かけてカネも労力もかけて選挙を戦った。一定の民意を得て、今物事を進めようとしている」
              posted at 09:55:56